お酒と肝臓
お酒と肝臓
かつて日本人にとってお酒といえば、日本酒のことでした。ご存じのように、これまでのお酒好きの日本人の多くは、日本酒を飲むときには温めて飲んでいました。体温近くにまで温められた「人肌」の日本酒は、体内では吸収されやすくなります。これは、少量で、しかも速く酔える節約型の飲み方で、日本人にもっとも適した方法なのです。 最近では日本酒などでも、ワイン調に冷やして飲む方法が流行っていますが、このような飲み方だと、つい自分の限界を超える結果を招きかねません。貝原益軒の『養生訓』にも「温めて飲むはよし」と書かれていますが、やはり体に合った飲み方とも言えましょう。
アルコールは胃・十二指腸・小腸でほとんど吸収されるのですが、血管内に入ったお酒のアルコール分は脳・脊髄に行きます。この結果、大脳の視床下部を刺激して、いわゆる酔いが発生します。酔ったとき、最初は興奮ぎみになって多弁傾向などがみられますが、やがて体に麻酔がかかったような状態になります。酔いというのは、いわば体に麻酔がかかったような状態のことなのです。 アルコールは、肝臓でアセトアルデヒド→酢酸→水+炭酸ガスに分解(代謝)されていきますが、この過程には3つのコースがあります。1) ルコール脱水系酵素で分解されるもの。2) MEOS(ミクロゾームエタノール酸化酵素)による分解。3) カタラーゼによるもの。
アルコールの70%は 1) の系で行なわれており、2) の系では20~25%。3) では5%以下とされています。 分解の大部分を受け持っている①のアルコール脱水素酵素は、先天的(遺伝的)な要素が強く、人に上戸・下戸の差があるのは、この酵素の量の差によるものです。 また、2) のMEOS系は、飲む習慣が重なるほど働きが活発になる性質があります。いわば修業の結果、お酒に強くなったという人たちは、この系が鍛えられたためともいえます。余談になりますが、カゼを引いてしばらく休んだのちにお酒を飲むと、たちまち顔が真っ赤になるのは、このMEOS系の働きがストップするからです。 ただし、アルコールが代謝される際、最初にできるアセトアルデヒドという物質が分解されるときに、アセトアルデヒド脱水素酵素の助けが不可欠です。二日酔いの主因は、このアセトアルデヒドが十分に分解されないまま血中にとどまるためなのです。
肝臓が代謝できるアルコール量を上回ったときには、つねに二日酔いを起こすことになるわけで、いかに酒豪といえども飲める量には絶対的な限界があります。肝臓が代謝できるお酒の量は、純粋アルコール換算で1日160g(平均体重者)とされています。これは日本酒では約六合、ウイスキーだとボトル半分程度です。したがって、それ以上飲んだ場合、肝臓は関知しないことになります。夜を徹して飲んだようなときは、午前中にアルコールが残るのは当然ですが、血中からアセトアルデヒドが消えるのは、午後の2時~5時あたりということになります。このような飲み方を続けていると、いくら酒豪といえども肝臓は次第にダメージを受けます。 たとえば、毎日日本酒で六合以上飲み続けていた場合、15年後には半数以上の人が肝硬変になることが確かめられています。肝硬変は、肝臓にとって肝がんに次ぐ怖い病気です。お酒の飲みすぎによる肝硬変は、現在のところ、わが国の肝硬変のうち10%程度とされており、肝炎ウイルスによるものとくらべるとまだ少ないのですが、この数字は、やはり飲みすぎの害を戒めるものといえましょう。肝硬変にまでいたらない人でも、アルコール性肝炎や脂肪肝になる確率も高く、毎日の大飲は危険なのです。 なお、現在、このようなアルコール性肝障害を招かないお酒の量は、一日二合程度とされています。お酒の好きな人は、この量を守るとともに、週に1日の「休肝日」をつくることが大切です。
お酒の強さには男女差があります。一般的に男性にくらべて女性のほうがお酒に弱いのですが、これは女性ホルモンがアルコールの分解を阻害するためだと考えられています。 とくに危険なのは、受胎期の飲酒です。妊娠後三ヶ月あたりまでのお酒の飲酒は、胎児の大脳の健全な形成を阻害することが報告されています。たとえばツワリの苦しさを飲酒でまぎらわせたり、オメデタだといって、友人たちとのパーティーなどが、不幸な結果を招く可能性もあるため、妊娠初期の女性では注意が必要でしょう。また、更年期の女性などでは、閉経期の精神的動揺を解消しようとしたり、逆にこれからは男並にお酒を楽しもうなどという気持ちから、飲酒の習慣をつけた人では、「1日摂取量100g×10年」で肝硬変になるという報告もなされています。 これは、女性ホルモンのアルコールの分解阻害現象だけでなく、アルコールが皮下脂肪に蓄えられるなど、血中濃度が高いままに維持されて、肝臓の障害をそれだけ促進するためだとされています。女性の飲酒はホドホドに、という原則を守っていただきたいと思います。